穏やかな夏の日差し、緑が生い茂る森、美しい川面、鳥のさえずり。その近くの邸宅には、手入れの行き届いた広大な庭園があり、子どもたちはプール遊びをし、大人たちはデッキチェアでくつろぐ…。この豊かで、誰もが羨む生活は、「壁」と隣り合わせで営まれている。その「壁」の向こうからは、頻繁に到着する列車の音、煙突から出る黒い煙、「囚人」を怒鳴る看守の声や銃声が聞こえてくる。
ホロコーストの隣で営まれる暮らし
2023年公開の『関心領域』は、第二次大戦中のナチス占領下のアウシュビッツ収容所長ルドルフ・ヘスとその家族を描いた映画です。上記の邸宅は、アウシュビッツ所長のルドルフ・ヘスの邸宅で、「壁」の向こうとは絶滅収容所なのです。
『関心領域』は、ヘス一家の視点で構成されており、劇中でホロコーストが直接的に表現されません。ヘス自身は動物好きの優しい父親。妻のヘートヴィヒは、こだわりの花々が咲く広い庭園と瀟洒な白い邸宅に満足し、その辺りで拾ったもので遊ぶ子どもたち。夫の転勤に妻子が帯同するしないの夫婦喧嘩など、そこだけ見れば、ありふれた家庭の情景に見えます。
しかし、子どもたちが弄んでいるのは「誰か」の歯であり、ヘスが技術者からプレゼンされるのは「合理的・効率的な」ユダヤ人の遺体を焼く焼却炉。へートヴィヒがこだわる「理想の人生」は、絶滅収容所の隣なのです。
ちりばめられた要素
映画の中では、壁の向こうから常に機械音や銃声、「囚人の叫び」が聞こえ、庭園に撒かれる「黒い灰」などが描写されています。その一方で、「白い邸宅」の中で、ヘートヴィヒはユダヤ人から没収した毛皮のコートや、歯磨き粉の中に隠された宝石を品定めし、アウシュビッツ所長から左遷されたヘスは、奪われた椅子を奪い返すため、さらなる「生産性」増加にまい進する姿が描かれます。
ヘス一家は「壁の向こう」で何が起きているかを分かりながら、それを「見ない」ことで、豊かな暮らしを手にしているのです。彼らは意図的に、そして積極的に「見ない」のです。

ヘス一家のほころび
「知らないから鈍感でいられる」のではなく、「見ない」のです。しかし、ヘス家の中では、男の子たちは時に暴力的な振る舞いを見せ、煙突から出る炎や音で不眠になる女の子、絶えず泣き続ける赤んぼなど、作中では、ほころびが描かれています。
娘に会いに来たヘートヴィヒの母は、煙やにおいに耐え切れず、滞在予定を切り上げて、置手紙を残しアウシュビッツを去ります。その手紙を読んだヘートヴィヒは激怒し、使用人のポーランド人少女に、「夫に頼んで、お前も灰にしてやる!」と当たり散らすのです。
繰り返しになりますが、『関心領域』はヘス一家など、ホロコースト加害者の視点で描かれています。「見ないでいられる人々」というのは、このホロコーストの加害者であり、被害者であるユダヤ人は、強制労働やガス室行きなどの、自身に降りかかる運命を「見ない」でいることはできません。「見ない」ことができるのは、強者の特権ともいうことができるでしょう。
「見ない」でいられる
現在の世界では、イスラエル・パレスチナ戦争をはじめ、至る所で殺戮と混迷が起きており、国内でも排外主義が過熱し、謂れのない憎悪が飛び交っています。しかし私たちは、それを「見ない」ことで日常の生活を過ごしています。これは、『関心領域』のヘス一家と、程度の違いでしかないのではないでしょうか?
現代は、過激で煽情的な情報がSNS上で大量に消費され、憎悪や分断を煽る結果になることが分かっていても、ビジネスとしてコンテンツ制作が行われ、かたや受け手は、見たくないものを見ないように、AI技術によるパーソナライズで、「支援」してもらう。そんな環境におかれる私たちは、ヘス一家以上に、巧妙に「見ない」ことができるようになっているのかもしれません。
事務局 中瀬
