現代のキーワード 「エキストリーム・センター(極中道)」

 「右でも左でもない」「偏りがない」「イデオロギーにとらわれない柔軟な見方」…。
 こうした「偏り」のない「バランスの取れた」立ち位置が望まれていると感じることはありませんか?
 現代は、「批判」さえ「否定」のニュアンスで受け取られるほど、何事かの意見を述べることが忌避される状況が生じています。
 こうした、偏りのないことを是とする言説は極中道に特有のものです。

「左右どちらでもない」という虚構

 「極中道(エキストリーム・センター)」とは、フランスの歴史家ピエール・セルナが提唱した概念で、その特徴は、穏健を装いながら、「風見鶏」のように状況に応じて思想的態度を変え、それらをプラグマティック(実用的)に扱い、執行権力を強化する点にあります。
 セルナは、「極中道を見分ける標識は、(1)けっして『寛容』であることを意味しない、その場しのぎの逃げ口上である『穏健』、(2)現状を乗り切るために当座の有力な人物のもとに降り、必要とあらば政治的『転向』を厭わない『風見鶏ぶり』、(3)ルールの枠内で議会の多数派を目指すというよりも、むしろ強権を振るって反対派を追放するような、例外的な権限を有する執行権力の『掌握』といった諸点」とします。
 現在の行き詰まりは旧来の左右対立によるもので、「そのどちらでもない自分たち意外の道はない」と、オルタナティブを否定するのも極中道の振る舞いです。

フランス革命期に登場した極中道

 セルナは、フランス革命期のテルミドリアン・モーメントに、極中道の登場と現代政治にも通じる問題点を指摘します。
 テルミドリアン・モーメント(1794:ロベスピエールによる恐怖政治を終わらせるという大義名分でのクーデター)のテルミドール派は、反革命の王党派(右派)と異なり、君主制の復活を望んでいない点で「共和主義者」ですが、有産者の財産保護を最優先事項とし、それ以外の民衆からは蜂起の権利を奪うという点で「保守主義者」です。また、ロベスピエールを弾劾した左派も議会を追われます。
 このように、テルミドール派は右でも左でもない風見鶏で、議会による議論の妥結ではなく、強大な執行権力による苛烈な統治(ロベスピエールの恐怖政治に負けず劣らない)を敷いた点で、まさしく極中道でした。

極中道がファシズムの台頭を用意する

 現代の極中道は、冷戦後に新自由主義のもとでの資本主義を左右の両派が受け入れたことで成立しました。
 極中道的な言説は現在の日本にも見出だされ、議会への「不信感」と、それを煽るインフルエンサー、それに乗じる風見鶏という兵庫県知事選挙(2024)の構図などは顕著な例といえます。
 世界では、気候危機など新自由主義のもとで深化した資本主義システムの問題に対して、アメリカでは民主社会主義を掲げるマムダニNY市長が誕生するなど、極中道に対してのオルタナティブが生まれています。
 かたや日本では、政治・経済の行き詰まり感に対して、治安維持を口実とした行政権の拡大や、極右的な外国人政策が耳目を集めるなど、オルタナティブの模索ではなく、極中道が用意したファシズムの方向性に進みつつあるのではないでしょうか。
事務局 中瀬